If You Have a Lemon, Make a Lemonade.

2026年03月20日

復活するまでには

先日、約一年ぶりに「オーラ診断」を受けた。
前回のオーラ診断の記事はこちら5-9 レモネードが出来るまでをお読みください。

前回は母の亡くなった年の11月、つまりは母が亡くなってから11か月目に診断を受けた。その際の私は心身共に疲弊しきっており、オーラの色もインディゴブルーであり、人間に宿るとされている7つのチャクラの大きさも小さかった。それにより、私には心身のエネルギーを快復させるための休息と癒しが必要だと分かった。

2024年の春から推し活を始め、一見エネルギーを得たように思っていたが、この診断でそんなものでは到底足りるものではないことが判明。そりゃそうだよな~、両親合わせて16年間の介護を完走したのだから、数か月の推し活で復活出来るほど、心身の疲弊は半端ではないのだ。

あれから一年三ケ月ぶりに再び診断を受けた。
すると、オーラの色が写真にもハッキリ写っている通り、身体全体を包む色が、前回のインディゴブルーからすみれ色に変わっていた。

これって、おそらく推し活のおかげだなと直感的に悟った。幸せオーラをたくさん浴びたことで、心が豊かになった、つまりは、うかれぽんちな日々を過ごすことが私には必要であり、その成果がオーラの色にも反映されていたのだ。

すみれ色の特徴は「直感的、芸術的、官能的、理論派、先進的、夢想的、カリスマ的、革新的」だそうだ。

身体の中心にある7つのチャクラの色はあまり変わっていないが、大きさが大きくなっていた。すみれ色の特徴にあるように、より直感的になっているようだ。もともと少しばかり霊感があるので、それにより磨きがかかっている、ということだろうか…。

介護から解き放たれ、好きなように生きているようであっても、日々の暮らしのためには仕事もしなければならないし、その他にも日々目まぐるしくお役目を果たすことには変わりがない。そのせいか、なかなか身心の疲弊はそう簡単には快復していないようで、今回のレポートでもまだまだ休息が必要であると書かれていた。

長年の介護はその時は気付かないが、いつの間にか自身の心身を疲弊しまくっているのだ。その快復には何年もかかる…ということだろう。

これからも無理し過ぎず、己の直感を大切にしつつ、日々の役目と向き合っていきたいと思っている。

20260320_lemonade
左が2024年11月に、右が2026年2月に受けたオーラ診断結果の写真



starfield_152 at 14:23|PermalinkComments(0)Chapter6 | その後

2026年02月19日

生きた証 ―10人目のひ孫誕生!―

甥家族の元に新しい命が誕生したとの報告があった。母にとっては10人目のひ孫だ。

母は子供を3人産み、孫が5人、そしてひ孫が10人になった。
最初は母一人だったもの、いやそれ以前から繋がっている命は数知れずあるわけだが、まずは母を起点として考えた時、90年以上もの人生を終えた後にも、実はまだそれが続いているんだな…と思わされた。

実像を生きているのは自分でしかないので、つい自分中心に物事を考えがちだが、自身の命の源は両親であり、祖父母であり、見たこともない数限りない先祖へと繋がっている。
自分の命はその時々の先祖達の生きる選択によってもたらされたこととはいえ、そのどれか一つでも欠けていたら自身の存在はあり得ないのだな…と思うと、自分が生きている、いや生かされていることは、天文学的な確率なのだと気付かされる。

明石家さんまさんが「生きているだけで丸儲け!」と言って、自身の娘にも「いまる」と名付けたことは周知だが、本当に生きていること、生かされていること自体が丸儲けなのだ!と、命のリレーを受け継いでくれた先祖のことを思うと実感出来る。

新しく誕生した赤ん坊の遺伝子の中にも、何パーセントかは母の遺伝子が存在することを思うと、人は肉体が亡くなっても生き続けているのだと思うし、それが生きた証なのだと思わされる。

母のその後はまだまだ続いていく。

260219


starfield_152 at 07:21|PermalinkComments(0)Chapter6 | その後

2025年10月21日

沖縄本島&伊江島の旅

「奇跡の一枚」4回の連載にもある通り、戦後80年のシンポジウムに参加したことや複数の引き寄せがきっかけで、この9月に沖縄本島と伊江島に行き、先の大戦を偲ばせてもらった。
その旅行記を下記ブログにて連載したので、よろしければご一読ください。

沖縄本島の旅 ー戦後80年と未来へー

starfield_152 at 07:28|PermalinkComments(0)Chapter6 | その後

2025年08月17日

奇跡の一枚4

奇跡の一枚3のつづき

今年はこのシンポジムとファンクラブミーティングで生の推しのご尊顔を拝することが出来た。
余談だが、シンポジウムでは会の始まる前に、私がトイレから出てきたタイミングと、推しがトイレから出てきたタイミングがドンピシャ!で、静かにその姿を拝むことが出来た!という、まさにミラクルな一瞬もあった。

親の介護から解放され、出会った推しから見えざるパワーをもらい、日々を元気に楽しく過ごせていることは、本当にありがたいことだと思っている。

もう一人の推しも、昨年は4回都心近郊のライブに行かせてもらった。
そのうち2回は推し自身が客席に降りてきて、通路を歩きながらハイタッチしてくれたり、ハートを作ってみせてくれたりと、まさにテンション爆上がりなサプライズがあったのだが、私はその2回とも推しとハイタッチよりちょっと長い手つなぎをすることが出来た。これって、通路席の特権ではあるものの、歌いながら歩く推しとタイミング良くタッチ出来るかどうかはまさに運だし、通路席に当たることもすごい確率だ。

そして、年末にはクリスマスライブもあったが、こちらはライブハウスのため座席数が少なく、ファンクラブで申し込んだものの落選。それでも諦めきれず、会場発売チケット売出にかけたところ、こちらも奇跡的にチケットを取ることが出来た。

そんなこんなで、介護が終わってから私は夢のような?推し活ライフを送っているのだが、これは介護を完走したご褒美だと思っている。

以前、介護の最中にどうにもこうにも苦しくてツライ時期に、ある方に相談をしたことがあった。
すると、その方が「親を看て不幸になった者はいない。むしろ、親を看た者は皆シアワセになっているよ」と。

その言葉を杖に頑張れたこともあり、今こうして推し活ライフを楽しめていることは、その証明なのだと思えてならない。

人には見えざる縁がある。それは親子、兄弟姉妹…といったことから、赤の他人である推しにまで広がるのだが、それとて気付かないだけで、出会うべくして出会った縁なのだ。

ましてや、今回のように推しと同じ画角のショットに納まり、新聞にまで掲載されるなんて…奇跡としか言いようのない事柄の連続だ。

世の中には苦難の最中にあり、逃げ出したい状況から逃げられずにいる方も多くいる。それでも、自身の使命、役割を全う出来れば、その先には必ずシアワセな瞬間が訪れるようになっているよ!!と、断言出来る。

目の前の課題をどう取り組んでいくのか?周囲から見た結果はどうであれ、自分のなかでやり切った!悔いはない!!と思えれば満点だ。
満点の先にあるのは、それを祝福するご褒美だけなのだから!!

「奇跡の一枚」おわり

starfield_152 at 10:22|PermalinkComments(0)Chapter6 | その後

2025年08月16日

奇跡の一枚3

奇跡の一枚2のつづき

このシンポジウムに参加出来たことで、今なお沖縄、小笠原を始め、海外の南方においても遺骨収集を、慰霊事業や戦没者遺族等への援護、戦争記憶の継承事業等が行われていることを知った。

特筆すべきこととして、遺骨として帰還した方のDNA鑑定を国が無料で行っている事業がある。それも初耳だったが、そのことを知人に話したところ、家族に遺骨で戻ってきた者がいるから、ぜひその制度を活用したい、とのことだったので、会場でもらったパンフレットを渡した。まさか、自分がもらったそれが人様の役に立とうとは…。

推し活の一環ではあるものの、シンポジウムに参加したことで、自身の知見が広がり、更に誰かの役に立つ働きになれることも嬉しいことだし、それを推しが聞いたらきっと喜んでくれるだろう…とも思った。

後日、このシンポジウムが大手新聞に掲載されていたと、職場の同僚から記事の写メが送られてきた。そこに写っていたのは、私の後頭部とその先にいる推しのショットだ!!

おお~~~、まさか!まさか!!同じ画角に推しと納まるなんて!!!
これを奇跡と言わず、何と言おう!!!

当日、テレビカメラやマスコミ各社、新聞社など多くの媒体が取材をしていたが、まさか新聞に載るとは!しかも、私は新聞を取っていないので、掲載されても知らないままのはずが、これまたまさかの同僚からの報告で知ることが出来た。

一連の出来事は、出来過ぎなまでの感しかないものだった。

明日へつづく。

starfield_152 at 13:23|PermalinkComments(0)Chapter6 | その後