2024年06月19日
1-14 孫の結婚式1
2017年になると、母の長歩きが出来なくなった。近場であれば杖をついてゆっくり歩けるが、旅行するには車いすが必要となった。
それでも身体が元気なうちはあちこち連れて行ってあげたいと思い、この年もバスツアーや九州に帰省することが出来た。
3月には兄家の次男の結婚式があり、母、姉夫婦と共に名古屋に向かった。
母にとっては5人の孫のうちの一人である。赤ん坊の頃から見ていた孫が、良き伴侶と共に新しい家庭を築いていくのだから、喜び以外の何物でもなかっただろう。
結婚式に臨むにあたり、母は美容院でパーマをかけた。もう何十年もパーマなどかけてこなかったのに!だ。それだけ、孫の結婚式を楽しみにし、気合を入れていたことが分かる。
兄夫婦、その長男とも久しぶりに会い、家族、親族、厳かで和やかな結婚式、披露宴を楽しませてもらった。
母の世代からすれば、チャペルで式を挙げ、ホテルでの披露宴など、夢のようなひと時だったことだろう。美味しい料理にも舌鼓を打ち、孫にも喜んでもらえ、母の胸中は私の想像を遥かに超えた喜びに満ち溢れていたのではないだろうか…。
晩年になりこのような幸せを味わえることは、若い頃に重ねた辛酸の数々が、美しい花を咲かせた証拠でもある。
人の生き様は最期に分かると言うが、母のそれが今まさにここに現れていた、幸せのひと時だった。

※孫夫妻のチャペルでの結婚式の様子。
それでも身体が元気なうちはあちこち連れて行ってあげたいと思い、この年もバスツアーや九州に帰省することが出来た。
3月には兄家の次男の結婚式があり、母、姉夫婦と共に名古屋に向かった。
母にとっては5人の孫のうちの一人である。赤ん坊の頃から見ていた孫が、良き伴侶と共に新しい家庭を築いていくのだから、喜び以外の何物でもなかっただろう。
結婚式に臨むにあたり、母は美容院でパーマをかけた。もう何十年もパーマなどかけてこなかったのに!だ。それだけ、孫の結婚式を楽しみにし、気合を入れていたことが分かる。
兄夫婦、その長男とも久しぶりに会い、家族、親族、厳かで和やかな結婚式、披露宴を楽しませてもらった。
母の世代からすれば、チャペルで式を挙げ、ホテルでの披露宴など、夢のようなひと時だったことだろう。美味しい料理にも舌鼓を打ち、孫にも喜んでもらえ、母の胸中は私の想像を遥かに超えた喜びに満ち溢れていたのではないだろうか…。
晩年になりこのような幸せを味わえることは、若い頃に重ねた辛酸の数々が、美しい花を咲かせた証拠でもある。
人の生き様は最期に分かると言うが、母のそれが今まさにここに現れていた、幸せのひと時だった。

※孫夫妻のチャペルでの結婚式の様子。
2024年06月18日
1-13 姫様!!
2016年10月2日に、母(85歳)、姉夫婦と「迎賓館」赤坂離宮見学に行った。
迎賓館なんて、一般国民が早々入れる場所ではないが、一般見学が出来る日を見付けて参加した。
母は最初行くのを渋っていたが「生きている間にこんな場所にはもう入れないかもしれないから!!」と、説得。姉夫婦の協力も得ていざ!迎賓館へ。
母とその祖母は、昔から何となく品のある風貌をしている。それはどこから来るものなのか不明だが、ふとした瞬間に、姫のような輝きを放つ時があるのだ。そのせいか、迎賓館に入ると、やっぱり母はいつもより輝いて見えた。
行けば行ったで、母は煌びやかな部屋、調度品や装飾品に目を奪われ「うち、ここ好いちょる(九州弁)」と宣った。
オイオイ!あれほど行くのがイヤだとか言っていたのに、いざ館内に入ったらラグジュアリー空間に魅了され、雰囲気はすっかり姫になっているではないか!そんな母の姿に、私は笑いを抑えきれなかった。
それから、迎賓館にいる間はずっと「姫様!」と呼び「お足元にお気をつけくださいませ!」などと言いながら、お姫様ゴッコを楽しんだ。

※迎賓館の中庭からの風景。
迎賓館なんて、一般国民が早々入れる場所ではないが、一般見学が出来る日を見付けて参加した。
母は最初行くのを渋っていたが「生きている間にこんな場所にはもう入れないかもしれないから!!」と、説得。姉夫婦の協力も得ていざ!迎賓館へ。
母とその祖母は、昔から何となく品のある風貌をしている。それはどこから来るものなのか不明だが、ふとした瞬間に、姫のような輝きを放つ時があるのだ。そのせいか、迎賓館に入ると、やっぱり母はいつもより輝いて見えた。
行けば行ったで、母は煌びやかな部屋、調度品や装飾品に目を奪われ「うち、ここ好いちょる(九州弁)」と宣った。
オイオイ!あれほど行くのがイヤだとか言っていたのに、いざ館内に入ったらラグジュアリー空間に魅了され、雰囲気はすっかり姫になっているではないか!そんな母の姿に、私は笑いを抑えきれなかった。
それから、迎賓館にいる間はずっと「姫様!」と呼び「お足元にお気をつけくださいませ!」などと言いながら、お姫様ゴッコを楽しんだ。

※迎賓館の中庭からの風景。
2024年06月17日
1-12 初!北海道
2016年に入ると、母の歩行が若干困難になって来たので、杖を使うようになった。
それでも旅行する元気はあるので、4月に九州の兄夫妻の家、9月には帯広、10月には迎賓館見学をした。
初北海道の行先を帯広にしたのは、ガーデンがたくさんあるからだ。
母は花が好きなので、北海道の季節の良い時期の花々を見せてあげたい、と思った。
ガーデン=富良野を連想しがちだが、帯広にもたくさんのそれがあり、有名な紫竹ガーデンも帯広にある。
歩行が少し困難になってはいたものの、杖を突きながらゆっくり散策することは可能なので、行くのは今しかない!と思い立ち、2泊3日で母にとっての初!北海道へ。
北海道ホテルに宿泊したが、部屋もゆったりしているし、ベランダにも季節の花々が植えられていて、居心地が良い。ロビーの近くには暖炉があったりと、寛ぎホテルでもある。
夕飯をホテルのレストランでいただいた。母はフルコースは食べきれないので、プチコースを、私はフルコースをいただいた。
食事もとてもおいしかったので、皿に残ったソースをパンに付けて完食。
皿が下げられた後、あまりにもキレイに食べきったからか?シェフからおもてなしのお菓子までごちそうになった。
母も家だと食が細いが、ホテルの食事は美味しかったらしく、いつもより多くを食べきっていた。
帯広には六花亭の本店がある。お土産を買う目的もあるが、2階にレストランもあるので、そこでランチもいただいた。
ピザとジュースのセットを頼んだが、これがまた美味しい!!北海道の濃厚なチーズで作られたピザは一味違うし、ジュースも生の果物を絞ったもので、さすが六花亭!と思わせるものだった。
こうして、母は2015年に沖縄、2016年に北海道デビューを果たしたわけだが、後々母に聞くと、沖縄と北海道の区別が付いていなかった…とのこと。まあ、そこが母の面白いところなのだが…。
認知症になってからも旅行のことは憶えていたので、母の心に楽しい思い出として残っていたことは、私にとっても嬉しいことだった。

※真鍋庭園で杖をついて散策する母の後姿。
それでも旅行する元気はあるので、4月に九州の兄夫妻の家、9月には帯広、10月には迎賓館見学をした。
初北海道の行先を帯広にしたのは、ガーデンがたくさんあるからだ。
母は花が好きなので、北海道の季節の良い時期の花々を見せてあげたい、と思った。
ガーデン=富良野を連想しがちだが、帯広にもたくさんのそれがあり、有名な紫竹ガーデンも帯広にある。
歩行が少し困難になってはいたものの、杖を突きながらゆっくり散策することは可能なので、行くのは今しかない!と思い立ち、2泊3日で母にとっての初!北海道へ。
北海道ホテルに宿泊したが、部屋もゆったりしているし、ベランダにも季節の花々が植えられていて、居心地が良い。ロビーの近くには暖炉があったりと、寛ぎホテルでもある。
夕飯をホテルのレストランでいただいた。母はフルコースは食べきれないので、プチコースを、私はフルコースをいただいた。
食事もとてもおいしかったので、皿に残ったソースをパンに付けて完食。
皿が下げられた後、あまりにもキレイに食べきったからか?シェフからおもてなしのお菓子までごちそうになった。
母も家だと食が細いが、ホテルの食事は美味しかったらしく、いつもより多くを食べきっていた。
帯広には六花亭の本店がある。お土産を買う目的もあるが、2階にレストランもあるので、そこでランチもいただいた。
ピザとジュースのセットを頼んだが、これがまた美味しい!!北海道の濃厚なチーズで作られたピザは一味違うし、ジュースも生の果物を絞ったもので、さすが六花亭!と思わせるものだった。
こうして、母は2015年に沖縄、2016年に北海道デビューを果たしたわけだが、後々母に聞くと、沖縄と北海道の区別が付いていなかった…とのこと。まあ、そこが母の面白いところなのだが…。
認知症になってからも旅行のことは憶えていたので、母の心に楽しい思い出として残っていたことは、私にとっても嬉しいことだった。

※真鍋庭園で杖をついて散策する母の後姿。
2024年06月16日
1-11 笑う門には福来たる
2015年は4回旅行した。知らない土地で新たな発見や出会いがたくさんあり、母にしてみれば全てが未知との遭遇だったことだろう。
初沖縄で行った今帰仁城での出来事だが、母と城の跡地のある一角に立ち「ここはエネルギーがスゴイね!」と話していた時のことだ。そこに若い一人旅の男性が現れた。
母が「ちょっと、ちょっと、お兄さん!!ここ来てみない!(九州弁)」と声をかけたのだ。昔の母からは考えられない大胆な行動に私は仰天したが、その男性は笑顔で私達の所に来てくれた。
母は「ここに立ってみない!(九州弁)」と、エネルギーが充満している場所にその男性を立たせた。すると、その方は「あ!」と気付いたようで、そこから3人のスピリチュアル談義が弾んだ。
その方は大阪から一人旅で来ていて、沖縄の史跡巡りをしていることや、これから南部に行くといった話もしてくれた。
彼との別れ際に母が「うちの娘どうですか?」と放った。
「は?え?何言ってんのぉ~!」とビックリを通り越して、驚愕するばかりだったが、互いに3人で顔を見合わせて、大笑いしながら締めくくることが出来た。
その方は大阪から一人旅で来ていて、沖縄の史跡巡りをしていることや、これから南部に行くといった話もしてくれた。
彼との別れ際に母が「うちの娘どうですか?」と放った。
「は?え?何言ってんのぉ~!」とビックリを通り越して、驚愕するばかりだったが、互いに3人で顔を見合わせて、大笑いしながら締めくくることが出来た。
一連の出来事を真に受けると「何でそんな失礼なことを言うの!」となるが、これがネタ?だと思うと面白過ぎるし、立腹するようなことをネタに変換すると、全て笑いに昇華出来るのではないか?と気付かされた。
そんな母は計算しているわけではないのに、私のツボにハマるような発言をちょいちょい繰り広げるようになった。マジでお笑い芸人も顔負けなツッコミをぶっこんでくるのだ。その度に私は腹を抱えて大笑いするのだが、それを見た母が釣られて笑いだすようになった。
2024年06月15日
1-10 旅行三昧
2015年は1月に沖縄本島、3月に伊豆、10月に石垣島、小浜島、竹富島、11月に山梨を母と旅行した。
私が沖縄好きなこともあり、いつか母にもあの美しい海と空、大自然を満喫させてあげたい!と思っていた。
1月下旬の沖縄はちょうど緋寒桜が見頃であり気候も良いので、この時期を選んだ。
那覇に到着した日は市内の温泉のあるホテルに宿泊した。
翌日レンタカーで桜の咲く今帰仁城と八重岳に向かった。東京ではまだ寒いこの時期だが、沖縄はすでに春の陽気で、陽射しが出ると暑いくらいだった。
少し濃いピンク色の緋寒桜を母は初めて目にし、笑顔で写真にも納まってくれた。そこから少し離れた場所に伊江島が眺められるピザ屋さんがあるので、そこを目指した。
高齢の母だが、ピザやエスニック系の料理も好きなので、眺めの良い場所でランチを堪能し、その日は本島北部まで一気に北上。国頭村にあるオクマプライベートビーチ&リゾートに宿泊した。ここはコテージ式のホテルで、プライベートビーチ、大浴場、広い庭もあるため、のんびりするだけでも十分癒される空間だった。
翌日、以前から行きたかった「大石林山」へ向かった。ここは敷地そのものが聖地であり、祈りの場所だ。
母は霊感体質で、私も若干その気がある。そのせいか?大石林山内で写真を撮ると、時空の歪みのような、気の流れのような、不思議な写真ばかりが撮れた。
ガイドさんの案内で、神様が宿っていると言われる岩を撮ると、そこに燦然と光り輝くものが写り込んでおり…。ガイドさんにそれを見せると「ここは昔からそういう場所だし、撮れる人には撮れるんですよ。ところで、あなた何者ですか?」と聞かれた。
母と一緒にいることで、私のエネルギーが高まったせいなのか?この後ここには何度も訪れているが、この時と同じような写真は撮れていない。やはり母と私の相乗効果だったとしか思えない。
その後は中部に戻り、日航アリビラホテルでホテルライフを満喫。最終日は首里城や第二王朝王室の墓である玉陵(たまうどうん)にも参拝した。ここでも不思議なことが起きたのだが、この手の話を書き出すとキリがないので、今回はこれくらいに留めておく。
そんなこんなで、母の初沖縄は無事に楽しく過ごすことが出来た。

※オクマプライベートビーチ&リゾートの桟橋で撮った母。
余談だが、今年の2月に昨年の秋に予約していたこのホテルに私は宿泊した。年始早々母が召されることなど予想もしていなかったので、不思議な巡り合わせを感じた。









