2025年08月15日
奇跡の一枚2
奇跡の一枚1のつづき
シンポジムは第2次世界大戦から戦後80年記憶の継承をテーマにしたものだった。
発表者達は各地の展示館や資料館で要職に就かれている方、日本遺族会の方、教育委員会の方、大学教授といった方々で構成されていた。
「戦争」の一言では語り切れない、戦地に赴いた方のこと、家族、遺族、爆撃を受けた方、戦禍を生き抜いた方、今も後遺症に悩まされる方、戦後の取り組み、現代の子供達への教育…と、多種多様な体験を持つ方々の状況を聞くことが出来た。
私の父も海軍に入隊し、戦地に赴いた一人であり、艦隊に爆撃を受けて大海原に放り出され、命が助かっている。一緒にいた者は真横で頭を撃ち抜かれて死んだ…との話を父から聞かされていた。
何が生死を分かつのか?父はなぜ生きて帰還出来たのか?戦後80年だからなのか?最近そんなことをツラツラ考えては、戦争の資料を読んだり、父の入隊していた軍を調べてみたりしたが、生存者の記録は探せず、当時父はおそらく少年兵だったこともあり、階級も無かったことから、記録を見付けることは出来なかった。
そんな折、はからずも?推しがこのシンポジムに登壇することとなり、160席という狭き門であることを考えると、まさか当選するとは夢にも思わなかった。が!奇跡的にその切符を手にしたことを思うと、推しに会えることも嬉しいことではあるが、私にとっての戦後80年を考える機会になったようにも感じた。
父のことを考えていたこともあってか?その後、戦争に関する事柄が次々と現れた。私は20代の頃、一度だけだが、沖縄で遺骨収集のボランティアに携わったことがある。
それから沖縄との縁が出来、今も年に数回訪れている。
そんな沖縄から戦時中のことを知って欲しい、訪ねて欲しい!という声なき声のようなものが情報を通して目にすることが増えていった。
今年の夏休みは沖縄本島中部に行く予定で、伊江島にも渡りたいと計画していた。
すると「木の上の軍隊」という伊江島で終戦後も木の上で2年間生き続けた2人の兵士の実話に基づく映画が上映されることを知った。第2次世界大戦の沖縄戦で最初にアメリカ軍が上陸した島であることは知っていたが、まさか自分が行こうとしている時にこの映画に出会うとは…。
その他にも沖縄戦のことを知る機会が幾度とあり、これはどうみてもその足跡を辿り、亡き御霊を弔う祈りの旅になるのだな…と思わざるを得なかった。
そんなこともあり、今回のシンポジムに当選したことは、必然だったのかもしれない…。
明日につづく。
シンポジムは第2次世界大戦から戦後80年記憶の継承をテーマにしたものだった。
発表者達は各地の展示館や資料館で要職に就かれている方、日本遺族会の方、教育委員会の方、大学教授といった方々で構成されていた。
「戦争」の一言では語り切れない、戦地に赴いた方のこと、家族、遺族、爆撃を受けた方、戦禍を生き抜いた方、今も後遺症に悩まされる方、戦後の取り組み、現代の子供達への教育…と、多種多様な体験を持つ方々の状況を聞くことが出来た。
私の父も海軍に入隊し、戦地に赴いた一人であり、艦隊に爆撃を受けて大海原に放り出され、命が助かっている。一緒にいた者は真横で頭を撃ち抜かれて死んだ…との話を父から聞かされていた。
何が生死を分かつのか?父はなぜ生きて帰還出来たのか?戦後80年だからなのか?最近そんなことをツラツラ考えては、戦争の資料を読んだり、父の入隊していた軍を調べてみたりしたが、生存者の記録は探せず、当時父はおそらく少年兵だったこともあり、階級も無かったことから、記録を見付けることは出来なかった。
そんな折、はからずも?推しがこのシンポジムに登壇することとなり、160席という狭き門であることを考えると、まさか当選するとは夢にも思わなかった。が!奇跡的にその切符を手にしたことを思うと、推しに会えることも嬉しいことではあるが、私にとっての戦後80年を考える機会になったようにも感じた。
父のことを考えていたこともあってか?その後、戦争に関する事柄が次々と現れた。私は20代の頃、一度だけだが、沖縄で遺骨収集のボランティアに携わったことがある。
それから沖縄との縁が出来、今も年に数回訪れている。
そんな沖縄から戦時中のことを知って欲しい、訪ねて欲しい!という声なき声のようなものが情報を通して目にすることが増えていった。
今年の夏休みは沖縄本島中部に行く予定で、伊江島にも渡りたいと計画していた。
すると「木の上の軍隊」という伊江島で終戦後も木の上で2年間生き続けた2人の兵士の実話に基づく映画が上映されることを知った。第2次世界大戦の沖縄戦で最初にアメリカ軍が上陸した島であることは知っていたが、まさか自分が行こうとしている時にこの映画に出会うとは…。
その他にも沖縄戦のことを知る機会が幾度とあり、これはどうみてもその足跡を辿り、亡き御霊を弔う祈りの旅になるのだな…と思わざるを得なかった。
そんなこともあり、今回のシンポジムに当選したことは、必然だったのかもしれない…。
明日につづく。








